2013-01-01から1年間の記事一覧

小説家たる最大の資格はまず嘘つきであることで、

小説家たる最大の資格はまず嘘つきであることで、 【少なくとも、そういう私に、座右の銘などある はずないのである。しかし、嘘を生業(なりわ い)とするのだから、哲人ぶるのも芸のうちで、 色紙など差し出されると、いかにも、それらし い言葉を書く。実…

多才な人間ほど一芸を物にすることができない、ハンディだ

多才な人間ほど一芸を物にすることができない、ハンディだ 【あれもこれもやろうとしてはいけない。できる と思っても、やってはならない。神様はマルチ タレントなどという便利な人間を、この世に、 ひとりも造ってはいない。仮に、あれもこれも やったとろ…

選択肢が多すぎて一途な人生を発見できぬのは、不幸。

選択肢が多すぎて一途な人生を発見できぬのは、不幸。 【才能を発揮するべき職業を選んでいるうちに、才 能を発揮するべき時間が、失われてしまう。磨き もせぬのに、輝く才能などは、ありえないから、 大切な時間を空費してしまえば、はなからないに 等しい…

ほんの子供のころから、小説家になろうと思った

ほんの子供のころから、小説家になろうと思った 【思い返せばまことに痛ましいほどの、一途な少年 であり、青年であった。そもそもそうまで一途に なるほどの才能もなく、環境にも恵まれていなか ったから、悲願を達成するまでには当然時間を要 した。恋人と…

先人が遺した美しい歌を葬り去るほど人間は進歩していない

先人が遺した美しい歌を葬り去るほど人間は進歩していない 【日本の近代教育における伝統的な卒業式の手順による と、まず。卒業生がこぞって「仰げば尊し」を唄って 学恩を謝したのち、全校生徒の「蛍の光」の合唱で送 り出される。少なくとも、私たちの世…

蛍を知らないのに「蛍光灯」の下で成長したのは妙な話

蛍を知らないのに「蛍光灯」の下で成長したのは妙な話 【その新しい光がわが家に灯った夜のことは、これも また、はっきりと覚えている。六つか七つのころで あったろうか、近所の電器屋が蛍光灯なる新しい文 明をわが家に設置したのである。点灯したとたん…

大人になるまで蛍を見たことがなかった

大人になるまで蛍を見たことがなかった 【ことに高度成長期の申し子である私たち世代は自然 の風物とは無縁だった。「便利さ」と「豊かさ」が 同じ意味だと教えられ、かつ信じていた子供らにと って蛍は物語の中にしかありえなかった。その蛍と の初めての出…

盛年重ねて来たらず、一日ふたたび晨なりがたし

盛年重ねて来たらず、一日ふたたび晨なりがたし 【時の悪魔に抗う唯一の方法は、「自楽」のほかに あるまい。仕事も勉強も結構だが快楽や幸福感を 犠牲にしてしまえば時間は矢のように過ぎてしま う。今から一五七九年前に死んだ大詩人は、その 雑詩の聯をこ…

この連載もめでたく二周年を迎えたらしい

この連載もめでたく二周年を迎えたらしい 【それにしても、なにゆえ歳月の感覚というのも のは人生においてかくも不均等なのであろうか。 たとえば最近の三年間が、中学校の三年や高校 の三年と同じであるとは、どうしても思えぬ。 たぶんこの世に見えざる時…

休むというより幸福を確認する時間を持たなければ

休むというより幸福を確認する時間を持たなければ、 【フランスでは夏休みをとっていない社員の存在が 判明すると、管理責任者は役所に呼びだされるら しい。どのよううな事情があろうと、その翌日か ら、最低二週間は当人の出社が禁じられている。 お上(か…

労働を美徳とし休みを罪悪と決めつける潜在的な感情

労働を美徳とし休みを罪悪と決めつける潜在的な感情 【誰もが同僚たちの顔色を窺いながらこっそりと 休暇の計画を練り、まるで借金でもするみたい に、まさか借用証ではない休暇届を提出する。 受理をした上司も、当然の権利であるから否定 こそせぬものの、…

この夏もまた、休みらしい休みをとらずに過ぎてしまった

この夏もまた、休みらしい休みをとらずに過ぎてしまった 【多くの読者は、小説家という職業はいわゆる自由 業の典型と考えているにちがいない。しかし正し くは、小説家が自由であるのは生活が不自由なこ ろだけで、人並みに飯が食えるようになったとた んか…

ともかく私たちの社会は伝統的に「付き合い」が多すぎる

ともかく私たちの社会は伝統的に「付き合い」が多すぎる 【もともと、私の早寝早起きは、生家の習慣であった。 江戸前の祖父母が家を支配していたので、夜明けと ともに叩き起こされたのである。さらにその生家が 没落してからは早朝のアルバイトに精を出さ…

午後九時には寝る。しかしベッドには入らない。

午後九時には寝る。しかしベッドには入らない。 【医学的にいうと、そもそも昼行型のサルである人 間の細胞は、深夜の時間帯に形成されるらしい。 したがってその深夜に睡眠をとっていない人は、 細胞の代謝ができず老化の一途をたどるのである】 浅田次郎著…

私は典型的な早寝早起きの「昼型人間」である

私は典型的な早寝早起きの「昼型人間」である 【夏ならば午前五時、真冬でも六時三十分、つ まり日の出と同時に起床する。当然、家では 一番の早起きであるから、まずキッチンに行 ってコソコソとコーヒーを淹れる。そして顔 を洗い、歯を磨き、マグカップを…

特別でない人間が特別に扱われることに罪悪を感ずる

特別でない人間が特別に扱われることに罪悪を感ずる 【すぐれた芸術は才能によって成るのではな い。すぐれた芸術を成し遂げた凡俗を人は 才能と呼ぶのである。そして芸術は本来自 分とどこも変わらぬすべての凡俗のために のみ価値がある、普通の娯楽の異名…

四十をいくつも過ぎてから「先生」と呼ばれるようになった

四十をいくつも過ぎてから「先生」と呼ばれるようになった 【自分の書いた小説がようやく活字になったくらい では、まだ「先生」にはほど遠い。文学新人賞を 受け、二冊や三冊の著作を世に送り出してもまだ まだ、その間に挫折する多くの同輩たちの累々た る…

閉店セール中はしばしば店に出てスーツのお見立てをした

閉店セール中はしばしば店に出てスーツのお見立てをした 【店を閉めるには潮時であろうと思った。ア パレル業界人としての名誉のために言って おくと、小説がいくらか売れるようになっ たから引退したわけではない。何よりもま ず、お客様をより美しく装うと…

最後の店は十七年間も続き、長寿を全うした

最後の店は十七年間も続き、長寿を全うした 【顧客のきまったブティックは長続きし ない。盛り場の路面店かターミナルの テナントでもない限りすべての店は同 じ運命をたどる。つまり顧客と一緒に 店の品揃えも齢をとっていくのである】 浅田次郎著『ま、い…

作家になってからもしばらくブティックを経営していた

作家になってからもしばらくブティックを経営していた 【街を歩いていても視線は自然にブティックのショ ウ・ウインドウに向けられている。気に入ったデ ィスプレイの前で立ち止まったりすると同行の編 集者は「プレゼントですか?」などと怪しむのだ がべつ…

除隊したあと、まっさきに傘を買いに行った記憶がある

除隊したあと、まっさきに傘を買いに行った記憶がある 【やがて使い捨てのビニール傘が登場した。発 売当初から「使い捨て」という触れ込みでは あったが当初の五百円という価格は使い捨て るにはもったいなかった。ことに私はセコい ので、いまだかって使い…

道路が舗装されて、水溜りやぬかるみがなくなった

道路が舗装されて、水溜りやぬかるみがなくなった 【今日と同じナイロン素材の雨傘が普及し始めたのは、 中学に入学したころであったろうか。私の中学一年 といえば東京オリンピックの年、ともかくあの国家 的行事をしおに、街の佇まいから雨傘まで変わった…

雨降りが嫌いではない、読み書きするには雨の日がよい

雨降りが嫌いではない、読み書きするには雨の日がよい 【私が子供の時分には、まだ町中で番傘なるも のを見かけたものである。番傘と言っても今 の若い人は知らぬだろうが、竹の軸に油紙を 張った古来の傘のことである。子供の手には 太くて重くて、はなはだ…

今の若者たちはあの贅沢な閑暇を知らないであろう

今の若者たちはあの贅沢な閑暇を知らないであろう 【幸福は自由の異名であるとする私の定義から すれば、いっけん自由のようでありながら利 器に管理されている現代人の生活は不自由で あり幸福でないということになる。社会人と しての普遍的資格を失うまい…

古本屋の店頭には三冊百円の文庫本が溢れていた

古本屋の店頭には三冊百円の文庫本が溢れていた 【パソコンや携帯電話を通じて、人生の要諦に はほとんど不要のコミュニケーションに忙殺 され、テレビやラジオの番組に貴重な時間を 費消し、冷蔵庫の中味を気にし、洗濯機や電 子レンジのご機嫌を窺い、要す…

十六の齢に家出し、それきり親の元には帰らなかった

十六の齢に家出し、それきり親の元には帰らなかった 【私は子供の時分から妙に手先が器用で、いわゆ る家事全般が大好きだった。アルバイト代をこ つこつ貯めて初めて買った電化製品はラシオで も炊飯器でもなく、アイロンである。これを買 って帰ったときの…

川端康成に対する私の執着は誤りであったとは思わない

川端康成に対する私の執着は誤りであったとは思わない 【小説に限らず、創作はすぐれたものを模倣するこ とから始まり、模倣に徹したいくつもの穴の底に、 ようやく鶴嘴(つるはし)の先が個性の宝石を噛 (か)むと信ずるからである。真のオリジナリテ ィと…

そのときの編集者の顔も声もはっきりと憶えている

そのときの編集者の顔も声もはっきりと憶えている 【芸術作品の条件がオリジナリティにあるという ぐらいは、十六歳の私も知っていた。声帯模写 の名人がどれほど上手に鶏の鳴き声を真似たと ころで彼は鶏ではない人間なのである。芸人に なるつもりはなく鶏…

高校二年のとき、出版社に初めて原稿を持ちこんだ

高校二年のとき、出版社に初めて原稿を持ちこんだ 【むろん箸にも棒にもかからぬ代物であったけれ ど返却された原稿はていねいに赤が入れらてい た。そのとき編集者が開口一番におっしゃった 言葉は「川端康成のエピゴーネンだな」である】 浅田次郎著『ま、…

バスは夕映えの浅間山の裾を巡って、小諸についた

バスは夕映えの浅間山の裾を巡って、小諸についた 【旅行鞄の中には手当り次第に掻きこんできた ように、たくさんの書物が入っていた。私は それらを片ッ端から読むでもなく読み散らし た。書くことにも読むことにも屈した夜更け であったと思う。鞄の底から…