2013-04-01から1ヶ月間の記事一覧

どうやらこの頃「よそいき」が死語になってしまったらしい

どうやらこの頃「よそいき」が死語になってしまったらしい 【いつであったか、地下鉄の中で向こう前に座る男 を睨みながら、祖母が私の耳元で囁いた。「おま い、まちがったって“つっかけ”で地下鉄に乗っ たりするんじゃあないよ」。以来私は、サンダル どこ…

交叉点を縦横に行き交う都電。石畳に轟く轍の音。

交叉点を縦横に行き交う都電。石畳に轟く轍の音。 【私が過ぎにし風景を思い出そうとするとき、き まって、亡き祖父母のおもかげが、心を被う理 由も肯ける。私はたぶん、遠からず世界からい なくなってしまう祖父母の姿を、けんめいに、 記憶しておこうとし…

芝居を観る席はいつも三階の大向うと決まっていた

芝居を観る席はいつも三階の大向うと決まっていた 【銀座は私のふるさとの一部にはちがいないのだ が、東京人の誰にとってもそうであるように、 やはりほかの盛り場とはちがう特別の町だった。 買物にしろ芝居見物にしろ、銀座に行くという ことはには、一種…

銀座に都電が走っていたことを知っている最後の世代

銀座に都電が走っていたことを知っている最後の世代 【東京に生れ育ち、時代の変遷は絶えまなく見続 けてきているから、子供のころに見た風景はか えって記憶から失われてしまった。だが、どう いうわけか、四丁目の交差点を縦横に走ってい た都電の姿だけは…

彼の若い妻と男の子は休暇をハワイで過ごしているそうだ

彼の若い妻と男の子は休暇をハワイで過ごしているそうだ 【「ハワイは日本人だらけだ。わからん、なぜだ」と 彼はしきりにぼやいた。その後に続く長口上はよく わからなかったが、つまり、たった百ドルで上等な 飯まで喰わしてくれる温泉がいくらでもあるの…

温泉とは日本文化の保存装置であると思っている

温泉とは日本文化の保存装置であると思っている 【つまり日本人は、どれほど洋風の日常生活を送 っていようが、温泉に行ったとたん滅びざる日 本の衣食住に身を委ねることができ、日本人で あることをほぼ完全に認識し直し、たちまち父 祖の伝統文化を恢復す…

頭のハゲ具合も腹のたるみようも他人とは思えなかった

頭のハゲ具合も腹のたるみようも他人とは思えなかった 【ニュージャージーに住むアメリカ人のオヤジが、な ぜ道後温泉で垢抜けた湯の入り方をしているかとい う種明かしはこうである。彼は十年ばかり前に、仕 事で初来日した。そのとき取引先に接待されたの…

世の中何でもマイルド、温泉もヌル湯の長湯が主流

世の中何でもマイルド、温泉もヌル湯の長湯が主流 【私の入浴術はアツ湯の長湯である。唸りながら、 気息奄々となるまで熱い湯に浸かり、風に当た るなり、水を浴びるなりして体を冷やしてから、 また唸る。医学的には、最悪の入浴法であろう】 浅田次郎著『…

私は無類の風呂好きであり、なかんずく温泉好きである

私は無類の風呂好きであり、なかんずく温泉好きである 【道楽であるから仕事は持ちこまない。むろん書 物の中には執筆に必要な資料も含まているが、 原稿用紙とは無縁である。小説家は、仕事と道 楽の境界が不明確であるから、書くことが仕事 で読むことは道…

別れの言葉はどんな美辞麗句を並べようが呪わしい

別れの言葉はどんな美辞麗句を並べようが呪わしい 【多弁であればあるほど、言葉の中に潜む嘘や虚栄は たがいを惑わせる。静謐な恋人は賢明であった。心 にもない言葉まで口にして、美しい記憶さえも、台 無しにしてしまうことを、彼女は怖れたのであろう】 …

佇まいが凛としており静謐な女が好きである

佇まいが凛としており静謐な女が好きである 【世の中はアメリカ流の自己表現が盛んになっ て、そうした物言わぬ女がいなくなってしま った。「わたしって―」「わたし的には―」 などという一人称から始まる対話の氾濫には 辟易する。どうして君という人を想像…

ビジュアル時代の恋愛は短期間に終息する

ビジュアル時代の恋愛は短期間に終息する 【周囲には事実を正確に映す鏡がたくさん置かれて おり、カメラがありビデオやDVDがあり、われ われは常に、客観的な自己像を確認することがで きる。また同時に、テレビやインターネットや、 雑誌のグラビアを通…

自分だけが見ることのできないものは自分自身の姿である

自分だけが見ることのできないものは自分自身の姿である 【男女の性別にかかわらず、人間は本来、花も実 も美しくなければならない。いや、花ばかりが 美しいはずはなく、実ばかりおいしいはずはあ るまい。美しい花はその実もおいしく、おいし い実を結ぶ花…

小説のよしあしは主人公の魅力にかかっている

小説のよしあしは主人公の魅力にかかっている 【かって『輪違屋糸里』を執筆するにあたり、私が 最も苦慮した点はそれであった。幕末の京都島原 を舞台に据えたこの物語には、男の視点がない。 時代の傍観者であり犧牲者あるはずの女たちが、 しまいには、歴…

われわれの社会は、実を求めて花を忘れてしまった

われわれの社会は、実を求めて花を忘れてしまった 【京都の古いお茶屋に、明治の元勲の筆に なる「花實雙美」という軸がかかってい た。読み下せば「花も実も双(ふた)つ 美し」である。西洋の合理的な文明を輸 入することとなった時代にこうした立派 な覚…

若いころには物を食う金がなくとも花だけは買った

若いころには物を食う金がなくとも花だけは買った 【このごろ、花に興味を示さぬ女性が多くな った。むろん男性においてをやである。花 の話題を持ち出してもちんぷんかんぷんで、 何より花の名前を知らない。私は花を賞で る心が情操と教養に基準だと考えて…