2013-08-01から1ヶ月間の記事一覧

十六の齢に家出し、それきり親の元には帰らなかった

十六の齢に家出し、それきり親の元には帰らなかった 【私は子供の時分から妙に手先が器用で、いわゆ る家事全般が大好きだった。アルバイト代をこ つこつ貯めて初めて買った電化製品はラシオで も炊飯器でもなく、アイロンである。これを買 って帰ったときの…

川端康成に対する私の執着は誤りであったとは思わない

川端康成に対する私の執着は誤りであったとは思わない 【小説に限らず、創作はすぐれたものを模倣するこ とから始まり、模倣に徹したいくつもの穴の底に、 ようやく鶴嘴(つるはし)の先が個性の宝石を噛 (か)むと信ずるからである。真のオリジナリテ ィと…

そのときの編集者の顔も声もはっきりと憶えている

そのときの編集者の顔も声もはっきりと憶えている 【芸術作品の条件がオリジナリティにあるという ぐらいは、十六歳の私も知っていた。声帯模写 の名人がどれほど上手に鶏の鳴き声を真似たと ころで彼は鶏ではない人間なのである。芸人に なるつもりはなく鶏…

高校二年のとき、出版社に初めて原稿を持ちこんだ

高校二年のとき、出版社に初めて原稿を持ちこんだ 【むろん箸にも棒にもかからぬ代物であったけれ ど返却された原稿はていねいに赤が入れらてい た。そのとき編集者が開口一番におっしゃった 言葉は「川端康成のエピゴーネンだな」である】 浅田次郎著『ま、…

バスは夕映えの浅間山の裾を巡って、小諸についた

バスは夕映えの浅間山の裾を巡って、小諸についた 【旅行鞄の中には手当り次第に掻きこんできた ように、たくさんの書物が入っていた。私は それらを片ッ端から読むでもなく読み散らし た。書くことにも読むことにも屈した夜更け であったと思う。鞄の底から…

高校一年の秋に、ふらりとひとり旅に出た

高校一年の秋に、ふらりとひとり旅に出た 【ごく簡単にいうと、私には複数の父と複数の母 がいたのだが、その誰もが親としての責任を果 たしていなかった。私はみずからの意思でほと んど勝手に、かつ自力で私立の進学校に通って いた。自分が人の親になって…

少女は物語の精霊だったのではなかろうかと思うことがある

少女は物語の精霊だったのではなかろうかと思うことがある 【通りすがりに、雨の電話ボックスで本を読む傷 ついた少年を見かけたのであろう。地下鉄の駅 かバス停まで送る、というようなことを、少女 は何だか懇願するような口調で言った。私はと っさに嘘を…

放蕩の限りを尽くしていた高校生のころであったと思う

放蕩の限りを尽くしていた高校生のころであったと思う 【ふたつめの学校の職員室に電話が入り、母の重篤を知 った。手術中に緊急の輸血が必要になったので、すぐ 病院にこいという報せである。母とは縁が薄く、子宮 癌という大病を患っていたことさえ知らな…

豊かさのおかげで大学は就職のための装置に成り下がった

豊かさのおかげで大学は就職のための装置に成り下がった 【大学が事実上の義務教育となった今では、格差社 会の勝者敗者は、あらかたスクールネームで決定 されてしまう。かくして引く手あまたの志望校に 進むことのできなかった多くの大学生は、かって の小…

小僧さんたちは、あらましお盆の薮入までにはいなくなった

小僧さんたちは、あらましお盆の薮入までにはいなくなった 【時は流れ、今では中学どころか大学や専門学校ま でが義務教育のような世の中になった。つまり大 学卒が当たり前になってしまえば中学校が当たり 前だった時代と同じである。そう思うと、まるで 制…

その昔、私の家は集団就職の受け入れ先になっていた

その昔、私の家は集団就職の受け入れ先になっていた 【中野の社長宅には独身社員が住み込んでおり、 毎朝オートバイをつらねて出勤した。朝食も 夕食も私たち家族と一緒だったのだから涙ぐ ましくらい律儀な青年たちである。彼らの自 由時間は土曜日の午後と…

祖母の話をお伝えすると、勘三郎丈も感慨深げであった

祖母の話をお伝えすると、勘三郎丈も感慨深げであった 【祖母は夏の終わりに死んだ。まだ、夏休みのう ちであったから、私は学校を休まずにすんだ。 祖母の口調を借りれば、「もう、芝居道楽なん ぞよして、たんと勉強しなさい」といい意味だ ったのであろう…

その日に限って、祖母は西の桟敷を取っていた

その日に限って、祖母は西の桟敷を取っていた 【そのころ私は声の出ぬ祖母になりかわって掛 け声をかけることを覚えていた。「いいかい、 おばあちゃんが膝を叩いたら、大成駒って言 っておやり」。歌右衛門が登場すれば「成駒 屋」の声が満場に飛び交うが、…

「芝居」といえば「歌舞伎」、発音も「しばや」である

「芝居」といえば「歌舞伎」、発音も「しばや」である 【祖母は私が小学校三年生のときに亡くなるまで、 毎月のように歌舞伎座に連れて行ってくれた。 そのつど平日に学校を休ませるのだから、今に して思えば大した教育を授けられたものである】 浅田次郎著…

「スバル」は天照大神の「みすまるの珠」にちなむとも

「スバル」は天照大神の「みすまるの珠」にちなむとも 【願わずに誓い続けて歩めば、星を見失うことはない。 やがて人間としてはかなり長い歳月ののちに、憧れ の昴をモチーフにした小説が、私の願いを叶えてく れた。若い時分にきっぱりと六つを算えること…