誰かにだけに、有利なことが続くはずはない

誰かにだけに、有利なことが続くはずはない


{不思議なくらいに、いわゆる確率論では片付
 けられない状況が生まれることがある。ツキ
 と呼ぶべき現象は確かにあるとしか思えない}

竹内一郎著『ツキの波』(29)

◆◇◆立ち読み◆◇◆

鈴木智彦『ヤクザと原発 福島第一潜入記』文藝春秋刊(140)

▼△第四章 ついに潜入! 1Fという修羅場(10)△▼

・電離健康診断・(その2)

原発近辺の病院ではごく当たり前の検診らしい
◆◇◆立ち読みのはしご◆◇◆

高橋哲哉『犠牲のシステム 福島・沖縄』(集英社新書)☆(105)

▼△第三章 原発事故と震災の思想論〈42〉△▼ ・ニ この震災は天罰か――震災をめぐる思想的な問題・

・犠牲の論理の典型・(その1)

悲惨の死の前に政治家は此の上痴愚を演じる事はできません

竹内一郎著『ツキの波』(29)

・第2章 直感は考え抜いた末に出来上がる(5)

◇偏りの存在◇(その1)
誰かにだけに、有利なことが続くはずはない
《「 ◇今日の注目写真(Source:REUTERS◇ ◇China's power handover (Fudan University's student members of the Chinese Communist Party stand in formation to create the party's emblem, a hammer and sickle, to mark the 18th National Congress of the Communist Party of China, in Shanghai November 6, 2012. REUTER/Aly Song) 『麻雀の推理』が出た時、表だったプロ麻雀 師はいなかったし、現在のようなプロ麻雀連 盟もなかった。 この本以降、「麻雀新撰組」が結成されて、 麻雀文化人がマスコミに登場したり、著書を 書いたりするようになっていったのである。 阿佐田が同書を出版した時代は、まだ運を荒 っぽく語っても受け入れられる土壌があった。 その後、井出洋介氏、金子正輝氏、青野滋氏 などの俊英たちがプロ麻雀界に加わるように なって、運に対する考え方は整備されていく こととなる。 麻雀をやっていると、自分の欲しい牌を連続 してツモってくることがある。 そういう時は「ツキがある」と感じる。不要 牌ばかりが続くと、「ツキがない」と感じる。 それは人間ならではの実感である。 しかし、ツモってくる牌に、上昇運、下降運 などない。イカサマをやれば別だが、フェア にやっている分には、誰かにだけに有利なこ とが続くはずはない。 近年でいえば、全自動卓が勝手に山を積んで、 対局者はアトランダムに届けられる牌を受け 入れているだけである。 ところが、不思議なくらいにいわゆる確率論 では片付けられない状況が生まれることがあ る。ツキと呼ぶべき現象は確かにあるとしか 思えない。 」》 ◎このところ、「ツキがある」とか、「ツキ がない」というテーマを追いかけていますが、 私の心の裏のほうで、そんなこと、所詮は、 「ガラスの中の嵐」に過ぎないのではないか と、反発があります。 人は、親を、国を、時代を、選べない状況下 で、生を受けます。もう、どうしようもあり ません。人によっては、本人の努力くらいで は、抜けられない「定め」があります。 元満州国皇帝の弟、愛新覚羅溥傑(あいしん かくら・ふけつ)を父とし、嵯峨侯爵の娘を 母とし、学習院大学生であった愛新覚羅慧生 (えいせい)は、同級の青森県八戸市出身の 大久保武道と恋愛に落ちました。 優雅で快活な性格の慧生は、武骨で求道的な 大久保を、はじめは、からかい気味でつきあ っていましたが、しだいにひきずられ、つい に、大久保の、「人生をごまかして生きるよ り、清らかに死ぬほうが立派だ」という考え に至り、昭和三十ニ年十二月四日に家出をし ました。 二人は貯金をおろし、大久保はエンゲージリ ングを買い求め、慧生に与えて伊豆に向かい ました。 しかし、四日、伊東温泉の福住旅館に泊まっ たとき、二人の寝所は別々でありました。翌 五日、二人は天城へ向かいました。 慧生が事前に投函した手紙が母の浩(ひろ) のもとへとどき、二人の心中の目的を知り、 捜索隊が伊豆へ向かい、十日、天城山八丁池 に近い草むらの中の百日紅の木の下、二人の 死体を発見しました。 大久保は右のこめかみに弾丸のあとをとどめ た精悍な顔で死んでおり、左のこめかみを射 たれた慧生は、左の眼だけ半分あけ、その指 にエンゲージリングがひかっていました。 これこそ「天国の結ぶ恋」でした。 (山田 風太郎 著『人間臨終図巻』徳間文庫  を参照しました) ☆大久保武道と愛新覚羅慧生 (つづく) (1192dys-787ent)

『ツキの波』

新書: 189ページ 出版社: 新潮社 (2010/04) ・人間はツキを支配や制御することはできないが、その性質を 知り、波を利用することはできるのではないか。ツキという不 思議な存在を誰よりも深く考え、語り続けてきた作家、阿佐田 哲也(色川武大)。その思想は現代人にとって大きな指針となる。 遺された至言の数々を『人は見た目が9割』の著者が読みとく。 〔目次〕 第1章 運の総量は一定である 第2章 直感は考え抜いた末に出来上がる 第3章 勝利は終末への第一歩 第4章 ヒットを打つよりフォームを固めよ 第5章 真理は市民社会の外にある 第6章 「運の達人」たちに学ぶ 終章  世界は乱雑なまま肯定される 〔著者〕 ☆竹内一郎(竹内たけうち いちろう)☆ ・1956(昭和31)年福岡県久留米市生まれ。劇作家・演出 家・著述業。横浜国大卒。博士(比較社会文化、九大)。 さいふうめい名義で『哲也―雀聖と呼ばれた男―』の原案を担当。 『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』でサントリー学芸賞受賞。 著書に『人は見た目が9割』など。 ツキの波 (新潮新書)参照:2011-11-21「できる人は「声」が違う!」『人は見た目が9割』(1)

竹内一郎著『ツキの波』(29)

◆◇◆立ち読み・坐り読み◆◇◆

鈴木智彦『ヤクザと原発 福島第一潜入記』文藝春秋刊(140)

《「原発はタブーの宝庫。だからオレらが儲かる!」   某地方の暴力団組長   −暴力団専門ライターが実際に動いたからこそ    書ける原発という巨大なシノギ−    「原発は儲かる。どでかいシノギだな。電力会社と交渉して、   ゼネコンと話付けて、地元の土建屋に仕事を振る。代紋な   しではとても捌ききれん。原発はタブーの宝庫。裏社会の   俺たちには、打ち出の小槌となるんだよ」。ヤクザが語る   衝撃の事実。日本最大のタブーがいま明かされる!   ―誰も書けなかった 命懸けの衝撃ノンフィクション―》   【表紙帯から】  ▼△第四章 ついに潜入! 1Fという修羅場(10)△▼

・電離健康診断・(その2)

原発近辺の病院ではごく当たり前の検診らしい
《「――原発で働く作業員は、6ヵ月に1回、この診断を受ける法 的義務がある。以前取材したいわき市にあるボランティアセンター のすぐ近くに、『A医院』という大きな病院があったので思い出し 問い合わせた。 「電離ですか……毎日受け付けてますよ。午前中に来て下さい。そ したら当日の夕方には渡せます」 原発近辺の病院では、ごく当たり前の検診らしい。書式さえ手に入 れば都内の病院でも可能だろうが、面倒なので、いわき市まで出か けた。 どの病院でも目にする光景だが、待合室には老人ばかりで、原発作 業員だろうと思われる人間は誰もいなかった。 受付するとすぐ診断が始まった。身長・体重を測り、血圧を測った 後、採血となった。その後、尿検査のためトイレへ向かい、胸部の X線撮影をした。診察室の前で週刊誌を広げたら、すぐに「鈴木さ ーん」と声がかかった。 ――」》 ◎すでに、1961年、原発推進体制の問題を鋭く指摘した本が、 それは、河合武さんの『不思議な国の原子力―日本の現状』(角川 新書)です。50年以上前です。 著者は、毎日新聞東京社会部の記者で、日本で最も早く原発を批判 的に報じた記者の一人でした。 当時の表紙の帯に、こうあります。 「日本の原子力は健全に育っているか? 原子炉の立地条件、安全 対策、災害補償など基本的要件をないがしろにして、政治の後おし で暴走する原子力行政の問題点をつく告発の書」 本書では、当時の原発にうごめく政財界の動きが紹介されています。 ・日本で初めて商業用原発を作った日本原電は、国策会社の流れを 組む電源開発と民間電力会社の主導権争いの末に生まれた。 ・早く産業界の支援を得たい当時の原子力委員長・正力松太郎氏 (読売新聞社主)が、原子力委員会の初会合前から「原子炉はイギ リスから輸入する」と結論ありきの発言をしていた。 ・イギリスには鮭缶を買ってもらい、日本が原子炉を買う…という バーターを示す公文電報が表に出る。 ・国の原子力局長が正力委員長のお膝元の富山県衆院選に立候補、 時を同じくして選挙区内で「原子力博覧会」や各種講演会を実施し て、見事当選した。 ・選挙目当てに原発誘致合戦。などなど。  しかしながら、河合武さんの声は消されていきました。 ヤクザと原発 福島第一潜入記文藝春秋 (2011/12/15) ・〈目次〉・ 序 章 ヤクザの告白「原発はどでかいシノギ」 →第1章 私はなぜ原発作業員となったのか 第2章 放射能vs.暴力団専門ライター 第3章 フクシマ50が明かす「3・11」の死闘
第4章 ついに潜入!1Fという修羅場
第5章 原発稼業の懲りない面々 終 章 「ヤクザと原発」の落とし前 ◆◇◆立ち読みのはしご◆◇◆

高橋哲哉『犠牲のシステム 福島・沖縄』(集英社新書)☆(105)

《経済成長も安全保障も「犠牲」の上に成り立っている。  『靖国問題』以来、6年ぶりの書き下ろし新書!  本書のテーマは、犠牲のシステムとしての福島と沖縄  である。それは、一九四五年の敗戦以後、今日までの  日本を「戦後日本」と呼ぶなら、これら二つの地名が、  戦後日本の国家体制に組み込まれた二つの犠牲のシス  テムを表しているからだ。》【表紙帯から】 ▼△第三章 原発事故と震災の思想論〈42〉△▼ ・ニ この震災は天罰か――震災をめぐる思想的な問題・

・犠牲の論理の典型・(その1)

悲惨の死の前に政治家は此の上痴愚を演じる事はできません
《「――内村がここで天罰論、天譴論の立場に立っていることは 明らかだろう。次の言葉は決定的である。 「然るに此の天災が臨みました。私共は其の犠牲と成りし無辜幾 万の為に泣きます。然れども彼等は国民全体の罪を償(つぐな) わん爲に死んだのであります。 彼等が悲惨の死を遂げしが故に、政治家は此の上痴愚を演じる事 はできません。 文士は「恋愛と芸術」を論じて文壇をほしいままにする事はでき ません。大地震に由りて日本の天地は一掃されました。今より後、 人は厭でも緊張せざるを得ません。 払いし代償は莫大でありました。然し挽回(とりかえ)した者は 国民の良心であります。之に由りて、旧き日本に於て旧き道徳が 復(ふた)たび重んぜらるるに至りました。 新日本の建設はここに始まらんとして居ます。私は帝都の荒廃を 目撃しながら涙の内に日本国万歳を唱えます。」 ――」》 ◎東京電力が、政府に追加支援を要請しました。 先週7日、東京電力が、5月にまとめた再建計画が早くも見直し、 新しい経営方針をまとめ、政府に追加支援を求めました。 東京電力は、原発事故の賠償費用について、5兆円を上限に原子 力損害賠償支援機構を通じ、既に国から調達しています。 これは毎年の利益から返済する仕組みですが、今回は、除染を含 む賠償額が10兆円規模に膨らむ可能性があるとして、返済の必 要がない直接支援を求めています。 この追加要請は国が選んだ社外取締役の結論だそうです。 さて、東電の社外取締役とは何なのか。以下、 ▽下河辺和彦(弁護士) ▽数土文夫元(JFEホールディングス社長) ▽樫谷隆夫(公認会計士) ▽小林喜光(三菱ケミカルホールディングス社長) ▽能見公一(産業革新機構社長) ▽藤森義明住生活グループ社長) 誰のために働いているのか、今のところ、見えてこない。

◆10月4日現在:福島県民の県外避難者5万9031人(県発表)

福島民報社のニュースサイト ◆◆放射線教育 次世代に 伊達のICRP対話集会 政府に提言へ 犠牲のシステム 福島・沖縄 (集英社新書)集英社 (2012/1/17) ・〈目次〉・ 第一部 福島 ・第一章 原発という犠牲のシステム ・第ニ章 犠牲のシステムとしての原発、再論 ・第三章 原発事故と震災の思想論 第ニ部 沖縄 ・第四章 「植民地」としての沖縄 ・第五章 沖縄に照射される福島 ★★★本書のテーマは、犧牲のシステムとしての福島と沖縄である。 なぜ、福島と沖縄のか。それれは、一九四五年の敗戦以後、今日ま での日本を「敗戦日本」と呼ぶなら、これら二つの地名が、戦後日 本の国家体制に組み込まれた二つの犧牲のシステムを表しているか らだ。 沖縄が戦後日本の犧牲でったこと。それは、沖縄戦という史上稀に 見る過酷な戦闘の戦場にされた沖縄に米軍が居座り、サンフランシ スコ講和条約第三条によって、沖縄がその米軍の施政下に置かれ、 一九七二年に日本に復帰して以後も、今なお全国の米軍専用施設の 約七四パーセントが沖縄に集中しているという、このことをさして いる。

沖縄戦は終わっていない。今も戦争PTSDに苦しむお年寄り。

琉球新報のニュースサイト ◆◆ダライ・ラマ「基地集中は差別」 沖縄の現状懸念 ・沖縄滞在を終え、会見を開くダライ・ラマ14世  =12日、ザ・サザンリンクスリゾートホテル ☆沖縄タイムスのニュースサイト ◆◆米軍設置板、警告根拠に米国法明記 ・米軍普天間飛行場の野嵩ゲート前の壁に10月  から掲示されている警告板。根拠法を「合衆国  法」と明記している=10日午前、宜野湾市Wikipedia:沖縄県の歴史◇ 1113 ★沖縄-日本で最も戦場に近い場所 ISBN:4620321516 :title]

≪都会歳時記≫

[都市・現代の視座1000句]句集 古家 元「文學の森」刊]
〔冬〕 時候   湾岸やビルかたまりて冬に入る
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☆★☆≫ 詩歌逍遙 ≪☆★☆

         大和田建樹 
故郷の空
夕空はれて あきかぜふき  つきかげ落ちて 鈴虫なく おもへば遠し 故郷のそら  ああわが父母 いかにおはす すみゆく水に 秋萩たれ  玉なす露は すすきにみつ おもへば似たり 故郷の野邊  ああわが兄弟(はらから)たれと遊ぶ         (明治唱歌) ※Wikipedia:大和田建樹   ◆◇◆◇『侏儒の言葉西方の人』◆◇◆◇ 《芥川龍之介著 新潮文庫版》 侏儒の言葉・西方の人 (新潮文庫) ・或弁護・  或新時代の評論家は「蝟集(いしゅう)する」と云う意味 に「門前雀羅(じゃくら)を張る」の成語を用いた。  「門前雀羅を張る」の成語は支那人の作ったものである。 それを日本人の用うるのに必ずしも支那人の用法を踏襲しな ければならぬと云う法はない。  もし通用さえするならば、たとえば、「彼女の頬笑(ほほ え)みは門前雀羅を張るようだった」と形容しても好い筈は ずである。    もし通用さえするならば、――万事はこの不可思議なる 「通用」の上に懸っている。たとえば「わたくし小説」もそ うではないか? Ich-Roman と云う意味は一人称を用いた小 説である。  必ずしもその「わたくし」なるものは作家自身と定まって はいない。が、日本の「わたくし」小説は常にその「わたく し」なるものを作家自身とする小説である。  いや、時には作家自身の閲歴談と見られたが最後、三人称 を用いた小説さえ「わたくし」小説と呼ばれているらしい。  これは勿論独逸人(ドイツじん)の――或は全西洋人の用 法を無視した新例である。  しかし全能なる「通用」はこの新例に生命を与えた。「門 前雀羅を張る」の成語もいつかはこれと同じように意外の新 例を生ずるかも知れない。  すると或評論家は特に学識に乏しかったのではない。唯 (ただ)聊(いささ)か時流の外に新例を求むるのに急だっ たのである。  その評論家の揶揄(やゆ)を受けたのは、――兎に角あら ゆる先覚者は常に薄命に甘んじなければならぬ。〈59〉

☆★☆言えそうで言えない英会話表現☆★☆

すんでしまったことはどうしようもない。
What's done cannot be undone.
<NHKラジオ 「英語5分間トレーニング」岩村圭南 - 講師> ※この番組の放送は4月1日で終了しています。 Wikipedia:岩村圭南

◎◆◎アートのたのしみ《アメリカ》◎◆◎

The Flirts(恋の予感)
・1941年7月26日号『サタデーイブニングポスト』誌表紙作品。 (全作品322点の201番目の絵画。ロックウェルは、1941年  に「ポスト」誌に6点の絵を発表。この絵は1941年の第3番目  の作品になります。ちなみに、彼は1916年から1963年にかけ、  47年間にわたり「ポスト」誌とのタイアップは続きました) この絵画では、ノーマン・ロックウェルは、二人の若者がオープ ンカーのブロンドの女をナンパしようとモーションをかけている 場面を描いています。 この絵のユーモラスなのはブロンドの女が戯画的に描かれている ところです。女の「おすまし顔」を見事にとらえています。ぶり っ子といってもいいかもしれませんね。 二人のドライバーは、このアプローチを、心底、楽しんでいます。 手前のドライバーは、ひな菊の花びらをちぎりながら、「彼女は 私を愛してる」、「愛していない」、「いる」、「いない」と口 ずさんでいます。 運転席の相棒は彼の肩に手をかけ、盛んにハッパをかけています。 ドライバーの骨太な両手をよく見ると、結婚指輪をしていません。 もしかしたら、彼は浮気心ではなく、本気なのかしれません。 もし、彼女が、彼に視線を向け、彼の目を見てしまったら、一目 惚れに落ちてしまう、という未知の展開がありえます。彼女が、 わき目もふらず、フロントを見すえているのは、恋の予感に襲わ れているなのかもしれません。 さあ、皆さんは、どちらに賭けますか? ◆ノーマン・ロックウェル Norman Rockwell (1894年2月3日‐1978年11月8日〈84歳〉) ・ノーマン・ロックウェルアメリカの画家、イラストレーター。 軽いタッチでアメリカの市民生活を描いて、アメリカで幅広い大 衆的人気を博しています。 ニューヨーク生まれ、美術学校を出てから、アメリカ・ボーイス カウト協会の雑誌などに絵を書き始め、ボーイスカウト運動への 貢献に対して、後に、世界で十数人しか与えられていない功労賞 (シルバー・バッファロー章)を受賞しています。 1916年から1963年にかけて『サタデー・イーブニング・ポスト』 紙の表紙を飾り、とりわけ1940年代から1950年代のものが人気が あります。 アメリカ人の日常生活を描くことが、作品の重要な主題で、子ど も、とりわけ、少年や犬などの小動物が作品に頻繁に現れるのは、 彼の生い立ちに影響しています。両親とも画家の家庭に、1884年 ニューヨーク郊外で生まれました。 ☆Norman Rockwell ☆Norman Rockwell: 332 Magazine Covers  (Tiny Folios Series) [ハードカバー] Norman Rockwell: 332 Magazine Covers (Tiny Folio) ☆American Chronicles: The Art of Norman Rockwell- part 1 (NormanRockwellMuseum さんが 2008/05/06 にアップロード) 【Promotional video for the nationally touring exhibition organized by Norman Rockwell Museum. Narrated by son and renowned sculptor Peter Rockwell. Visit www.nrm.org to learn about current and upcoming venues. This film was made possible by Ford Motor Company. c2007 Ford Motor Company.】 ☆American Chronicles: The Art of Norman Rockwell- part 2 (NormanRockwellMuseum さんが 2008/05/06 にアップロード) 【Promotional video for the nationally touring exhibition organized by Norman Rockwell Museum. Narrated by son and renowned sculptor Peter Rockwell. Visit www.nrm.org to learn about current and upcoming venues. This film was made possible by Ford Motor Company. c2007 Ford Motor Company.】