「ママンを嫌いじゃないの」

岸恵子著『私の人生 ア・ラ・カルト』（１２）

第二部 「母と娘、それぞれの孤独」（１） “姫鏡台”（１）

＜yuka's fotolife さぁ行くぞ！＞

    
「ママンを嫌いじゃないの」
    岸恵子著『私の人生 ア・ラ・カルト』（１２）
第二部 「母と娘、それぞれの孤独」（１） “姫鏡台”（上）


ひとりの母としての岸恵子さんは、お
かしくて、かなしい。かぎりなく親近
感が湧いてきます。



    
パリと東京、何十回目の往復だろうか
    飛行機の長旅の密室にたちこめる静電気
の、埃っぽい匂いをまき散らしながら、
パリ、シャルル・ド・ゴール空港へ着い
たのは、朝六時。

冬のパリは夜が長い。アパルトマンへ着
いてからも、夜はなかなかはがれてゆか
ない。八時になっても九時になっても、
黒い夜はそこにいる。

パリと東京、何十回目の往復だろうか。
私は手荷物の中から、母の自慢の緑茶の
包みをとりだす。

二十数時間前、横浜の実家で、庭の井戸
から汲みあげた水で、母が淹れてくれた、
胸につかえるほどコクのあった日本のお
茶は、ここであっけなく様変わりする。

ただでさえ硬いパリの水道の水を沸騰さ
せると、冷めてゆくのも待たずに急須に
注ぐ。

艶な光を浮かべていた上等の緑茶は、び
っくりしてちぢみ上がり、どろどろと濃
いだけの、無様な姿になってしまう。

苦い。でもそれなりにパリの我が家の味
なのである。

やっと朝らしくなった空は青空であった。
「あら、冬なのに」と私はつぶやく。パ
リの冬空は灰色ひとつで、雲さえ流れる
ことがない。そんな無愛想なパリは私を
憂鬱にする。



    
娘は、留守の間に出て行った
    青い空に白い陽の光さえただよい出した。
冬にしてはとっびっきり上機嫌なお天気
に勇気づけられて、私はちょっぴりお腹
に力を籠め、娘のいないアパルトマンの
ドアを開ける。

そのドアは、私のアパルトマンの廊下の
奥にある。ドア一枚で彼女は完全に私と
は無縁になる。

玄関も二つ別々になっている。一緒に棲
みながら、お互いに自由でいたいという
念いをこめて五年がかりで捜した苦心の
末の、私に言わせれば理想的な母と娘の
棲み処である。

それでも娘は、私は三ヵ月、日本に行っ
て留守の間に出て行った。それを予告さ
れたとき、私はみっともないほど取り乱
してしまった。

「なにが独立よ、なにが一人くらしよ。
　まだ学生のくせに、私はそれほどあな
　たを束縛しているの、それとも自由を
　あげ過ぎているの！」

私は当たり前の母親なら誰でも言うよう
に当たり前のことを言った。こんなとき
当たり前でない科白を思いつく母親がい
たとしたら、少し尊敬してあげる。



    
言うことが逆なんじゃないか
    娘はにこにこ笑っていた。

「ママンを嫌いじゃないの」

「当たり前でしょう」

「でも、ママンと一緒にいると、私は私
　でなくなるの」
「じゃ、私はどうなるの、可愛想にわざ
　わざパリで一人で暮らすの、淋しいわ
　よ、淋しいと思わない？」

「ママン、ダメ。そこまで子供の世話に
　なっちゃ駄目」

ちょっと言うことが逆なんじゃないかと
思った。

「淋しさなんてものは、それぞれ自分で
　始末をつけなきゃ駄目」

それもそうだ、と思った。娘のいない娘
の部屋で、淋しさの始末をつけよう。

古タイルを集めて、凝って作った階段を、
乾いた靴音を立てゝ、上のサロンへと昇
ってみる。

南向きの大きなフランス窓に、陽気な陽
ざしが跳ねている。何一つ変わっていな
い。

娘の借りた猫のひたいのように小さい部
屋は、一応家具つきであったので、娘は
身一つで引っ越して行ったのだろう。
（続く）(N173-25)(N174-26休み)






    
「ママンを嫌いじゃないの」
    


    
パリのおばあさんの物語 (単行本)
    
パリのおばあさんの物語
 
 
 




    
私の人生ア・ラ・カルト (単行本)
    
私の人生 ア・ラ・カルト
  

単行本: 270ページ 
出版社: 講談社 (2005/01) 
発売日： 2005/01 

＜目次＞
第1部 私を女優にした眼


    
第2部 母と娘、それぞれの孤独
    第3部 ドジな女の大騒動
第4部 「干渉の義務」
第5部 なつかしい人たち
第6部 「あの女、メトロのにおいがする」
第7部 時代をわたる風
第8部 大義と正義の罪
以上





    
岸恵子連絡事務所
    ŠÝœ¨Žq˜A—Ž––±Š




    
イヴ・シャンピ（Yves Ciampi, 1921年 - 1982年）
    イヴ・シャンピ - Wikipedia





    
≫平成万葉集≪
    


    
ぼうぼうと音して空を見上げれば過ぎる飛行船の腹の大きさ　0130
    畑　裕（52歳）東京都

平成万葉集




    
☆ヨーロッパ古城巡り☆ スペイン
    Coca, Segovia, Spain.  
Coca, Segovia - Wikipedia
Ref.
スペインの風景~音楽で彩る旅行ガイド~ (単行本) 
スペインの風景 〜音楽で彩る旅行ガイド
 






    
★米国ゴルフコース見参　フロリダ州 Orlando Metro Area Golf Courses★
    


    
"Glen Abbey Golf Club" Flyover Tour :
    





    
＜世界のホテル案内＞ 米国 San Francisco
    


    
Parc 55 hotel in San Francisco review :
     






    
◇気になるサイト◇
    


    
GIRL NEXT DOOR 公式サイト
    girl next door official site
Ref.
GIRL NEXT DOOR 
GIRL NEXT DOOR
 





◆◇◆悪魔の辞典より◆◇◆

    
労働(labor n.):0130
    

    
Ａなる者がＢなる者のために財産を獲得してやる方法の一つ。
    新編 悪魔の辞典 (岩波文庫)