運という言葉は、非合理な概念である

運という言葉は、非合理な概念である

{私の知っているかぎり、運という言葉を持
 っていない言語はない。何がしかの現象、
 傾向がこの世にあって、それを伝達しなく
 てはならない必要性があるから、その言葉
 は生まれ世界中に定着していったのである}

竹内一郎著『ツキの波』(1)

◆◇◆立ち読み◆◇◆

鈴木智彦『ヤクザと原発 福島第一潜入記』文藝春秋刊(112)

▼△第三章 フクシマ50が明かす「3・11」の死闘(18)△▼

・佐藤の告白・(その4)

彼の月給は100万円越えだと推測し、ウラをとった。
◆◇◆立ち読みのはしご◆◇◆

高橋哲哉『犠牲のシステム 福島・沖縄』(集英社新書)☆(77)

▼△第三章 原発事故と震災の思想論〈14〉△▼ ・市民の責任・(その1)
原子力ムラ」の人々は原発事故の第一義的な責任を有する

竹内一郎著『ツキの波』(1)

◇ はじめに(上)◇
運という言葉は、非合理な概念である
《「 ◇今日の注目写真(Source:REUTERS)◇ ☆A protester holds a stick (A protester holds a stick as he shouts anti-American slogans in front of a burning cinema during an anti- U.S. protest rally to mark the "Day of Love" in Peshawar September 21, 2012. REUTERS/Fayaz Aziz) 勝負は時の運という。毎年野球評論家が、セ ・パ両リーグの順位を予想する。 戦力分析や監督の采配力など、理にかなった 解説を聞くことができる。だが、結果は必ず しもそうならない。むしろ、外れることの方 が多いのではあるまいか。 科学的なデータはわかかるが、選手の故障な ども含めて「時の運」の方がわからないから 予想があてにならないのである。 というよりは、相当な力の差がない限り、勝 負にとって、大切のは「時の運」の方なので ある。 もちろん運という言葉は、非合理な概念であ る。だから、教養人は思案に入れない。それ が合理的な態度である。 ところが、私の知っているかぎり、運という 言葉を持っていない言語はない。 何がしかの現象、傾向がこの世にあって、そ れを伝達しなくてはならない必要性があるか ら、その言葉は生まれ、世界中に定着してい ったのである。 本書では、運と呼んだりツキと呼んだりする ことあるが、同じ意味である。 時々、何がそんなに受けるのかわからないお 笑い芸人がブームになったりする。 私たちは、ツキがあるな、と感じる。やがて、 彼ののブームが去る。その頃、彼は芸を磨い て、ひねりの利いたギャグを考案したりする。 だが、受けない。ツキがないな、と感じる。 実力とも、努力の量とも比例しない成果――。 ツキという言葉で、説明するほかない現象で ある。 ツキとは、一体何なのか――。 私たちがツキを感じる局面を身近な例で説明 してみる。 私が電車に乗って、ある場所に行くとする。 電車を乗り換えるとしよう。たまたま、電車 の連絡がよくて、特急に乗れたりして、予定 より十五分早く着いたりする。今日は運がい いな、と感じる。 ところが、電車の連絡が悪く、準急にしか乗 れず、挙句、信号故障があって、予定より十 五分遅れたりする。今日は運が悪いな、と感 じる。 」》 ◎これから、しばらく、この本で、ツキ(運) について考えていきたいと思います。 ツキというものが、人について回るものであ ることは、日ごろ誰しもが感じってとってい るのではないでしょうか。 ツキというものは、人について回るばかりで はなく、集合体である国にも付きまとうもの ではないかと思うにようになりました。 このごろの日本という国を見ていると、「最 近の日本は、なんてツイていないんだろう」 と、頭を抱えてしまいます。列挙にいとまが ないなかで、一番は、日本国政府の首相らの 不作です。 「政治家は言葉が命」といわれますが、一国 の首相にこそ、強く求めるれる資質だと思い ます。 直近では、野田佳彦首相の《「近いうち」は それ以上でもそれ以下でもない》が問題です。 野田首相民主党代表選挙の立候補者による 共同会見で、緊張感もって切れ目ない対策を 行い、デフレ脱却を1日も早く実現したいと 述べた後、解散時期について、「近いうち」 はそれ以上でもそれ以下でもない」と語った のでした。 これほど、偽装的な言葉遣いはありません。 本来、責任者の言葉は、断るまでもなく、す べてが「それ以上でもそれ以下でもない」が 原理原則です。それを、強調するということ は、こうなります。 野田首相が普段遣う言葉は、「それ以上であ って、それ以下であって」、本当のことを言 ていないことになります。つまり、ウソを言 っていることになります。 これは、察するところ、内閣府官僚の作文で しょうが、これほど、日本語を貶めている言 葉遣いはありません。 また、かって、日米首脳会談で、オバマ大統 領が沖縄の米軍普天間飛行場移設問題につい て、従来の日米合意の早期履行を求めたのに 対し、鳩山由紀夫元首相が「私を信じてほし い(Trust me)」と答え、早期決着 を約束したととれる発言をしていたことあり ました。 普通人の、日常生活で、(Trust me) なんて言う、シチュエーションは、まず、あ りませんでしょう。 日頃の言動で、「私を信じてほしい」を積み 重ねて、言葉ではなく行動で示していくのが、 長屋の八っつぁん熊さんのやり方です。 一般世間では、(Trust me)は、詐 欺師の常套句です。 まったく、ツイてないなあぁ― ☆歴代首相の言語力を診断する 歴代首相の言語力を診断する (つづく) (1142dys-759ent)

『ツキの波』

新書: 189ページ 出版社: 新潮社 (2010/04) ・人間はツキを支配や制御することはできないが、その性質を 知り、波を利用することはできるのではないか。ツキという不 思議な存在を誰よりも深く考え、語り続けてきた作家、阿佐田 哲也(色川武大)。その思想は現代人にとって大きな指針となる。 遺された至言の数々を『人は見た目が9割』の著者が読みとく。 〔目次〕 第1章 運の総量は一定である 第2章 直感は考え抜いた末に出来上がる 第3章 勝利は終末への第一歩 第4章 ヒットを打つよりフォームを固めよ 第5章 真理は市民社会の外にある 第6章 「運の達人」たちに学ぶ 終章  世界は乱雑なまま肯定される 〔著者〕 ☆竹内一郎(竹内たけうち いちろう)☆ ・1956(昭和31)年福岡県久留米市生まれ。劇作家・演出 家・著述業。横浜国大卒。博士(比較社会文化、九大)。 さいふうめい名義で『哲也―雀聖と呼ばれた男―』の原案を担当。 『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』でサントリー学芸賞受賞。 著書に『人は見た目が9割』など。 ツキの波 (新潮新書)参照:2011-11-21「できる人は「声」が違う!」『人は見た目が9割』(1)

竹内一郎著『ツキの波』(1)

◆◇◆立ち読み・坐り読み◆◇◆

鈴木智彦『ヤクザと原発 福島第一潜入記』文藝春秋刊(112)

《「原発はタブーの宝庫。だからオレらが儲かる!」   某地方の暴力団組長   −暴力団専門ライターが実際に動いたからこそ    書ける原発という巨大なシノギ−    「原発は儲かる。どでかいシノギだな。電力会社と交渉して、   ゼネコンと話付けて、地元の土建屋に仕事を振る。代紋な   しではとても捌ききれん。原発はタブーの宝庫。裏社会の   俺たちには、打ち出の小槌となるんだよ」。ヤクザが語る   衝撃の事実。日本最大のタブーがいま明かされる!   ―誰も書けなかった 命懸けの衝撃ノンフィクション―》   【表紙帯から】  ▼△第三章 フクシマ50が明かす「3・11」の死闘(18)△▼

・佐藤の告白・(その4)

彼の月給は100万円越えだと推測し、ウラをとった。
《「――ある夕方、午後6時、佐藤はすっかりできあがっていた。 1F(東京電力福島第一原発)の原発作業員は朝が早い。一般的な サラリーマンが帰宅し始め頃は、もうとっくにできあがっていた。 酔いが回った彼は「今月はなんだかんだで、母親に50万円も仕送 りしちゃた」と、自慢げな声で、ポーズだけの愚痴をこぼした。 話したそうなタイミングに見えたので慎重に流れを読んで質問を重 ねた。 「じゃあ、もうほとんど給料残ってないでしょう?」 「まだまだいけます。あと倍はオッケーです」 それから換算して、彼の月給は100万円越えだと推測し、こっち はもちろんウラをとった。 などと書くとご大層だが、それは簡単な作業だった。佐藤の次のス ナックで、財布に入っていた給料明細を見せたくらたのである。 「うそー、マジ?」 名古屋からいわき湯本に流れ着いたホステスは、金額を見て目の色 を変えた。 ――」》 ◎最近になって、やっと、NHKも首相官邸前の抗議デモを報じる ようになりましたが、大手メディは「不偏不党」「中立公正」を掲 げていますが、名ばかりです。 いい例が、昨年、東京都都知事選の投票日である4月10日(日)、 東京・高円寺で繰り広げられた、一万人以上が参加した『高円寺・ 原発やめろデモ』は、共同通信日本テレビ以外の大手メディアか ら無視されました。 実のところ、メディアの中には、現場で、高円寺の反原発デモを取 材している記者がいたのに、紙面や番組を作る決定権を持つデスク や幹部たちが、無視していたのです。 なお、首相官邸周辺の抗議デモを、足で稼ぎ、ヴィヴィッドにリポ ートしている秀悦なブログをご紹介します。これ、必見です。 ★「特別な1日」:9.21大飯原発を停止せよ!首相官邸前抗議 ヤクザと原発 福島第一潜入記文藝春秋 (2011/12/15) ・〈目次〉・ 序 章 ヤクザの告白「原発はどでかいシノギ」 →第1章 私はなぜ原発作業員となったのか 第2章 放射能vs.暴力団専門ライター 第3章 フクシマ50が明かす「3・11」の死闘 第4章 ついに潜入!1Fという修羅場 第5章 原発稼業の懲りない面々 終 章 「ヤクザと原発」の落とし前 ◆◇◆立ち読みのはしご◆◇◆

高橋哲哉『犠牲のシステム 福島・沖縄』(集英社新書)☆(77)

《経済成長も安全保障も「犠牲」の上に成り立っている。  『靖国問題』以来、6年ぶりの書き下ろし新書!  本書のテーマは、犠牲のシステムとしての福島と沖縄  である。それは、一九四五年の敗戦以後、今日までの  日本を「戦後日本」と呼ぶなら、これら二つの地名が、  戦後日本の国家体制に組み込まれた二つの犠牲のシス  テムを表しているからだ。》【表紙帯から】 ▼△第三章 原発事故と震災の思想論〈14〉△▼ ・市民の責任・(その1)
原子力ムラ」の人々は原発事故の第一義的な責任を有する
《「――私は第一章に引いた「原発という犧牲のシステム」の終わ りに、こう書いた。 「原発を推進するのは、政治家、官僚、電力会社、学者などから成 る『原子力ムラ』である。 とすれば、大事故の際にはまっさきに、次の人々が『決死隊』とし て原子炉に送り込まれる。 内閣総理大臣、閣僚、経産省等の次官と幹部、電力会社の社長と幹 部、推進した科学者・技術者たち。原発を過疎地に押し付けて電力 を享受してきた(筆者を含めた)都市部の人間も免れない」 これについて、「都市部の人間の責任も免れない」というのは、責 任の所在を曖昧にする一億総懺悔論につながるのではないか、とい う懸念をもつ人がいるかもしれない。 だが、私の意図は一億総懺悔ではない。原発推進にのめり込むあま り、原発に組み込まれた犧牲と、犧牲の可能性(リスク)を過小評 価したり、甘く評価してきた人々、先ほど挙げた「原子力ムラ」の 人々が、原発事故について第一義的な責任を有することはすでに述 べた通り、疑うべくもない。 過疎地の原発から電力を享受してきた都市部の人間にも責任がある、 と私が述べるときの責任とは別のものだ。 「原子力ムラ」の人々が負う第一義的責任と、都市部の一般の人間 の責任とは、異質なものとして区?しなければならない。 ――」》 ◎廃炉の方法が、分かっていないのに、工程表がある不可思議 昨年12月21日、政府と東京電力は、福島第一原子力発電所1〜 4号機の廃炉を検討する中長期対策会議の初会合を開き、廃炉完了 を30〜40年後などとする工程表を発表しています。 そして、今年7月30日、政府と東電の中長期対策会議が日開かれ、 廃炉に向けた工程表の改定を行いました。昨年12月に発表して以 来、廃炉工程表を改定するのは初めでした。 地下水をポンプでくみ上げるなど、その7カ月間に実施・計画され た作業が新たに工程表に盛り込み、中長期対策会議の事務局は「現 時点では計画通り、順調に進んでいる」としています。 ところが、廃炉にする具体的な方法は、いまだに不明で、その意味 で、この工程表はナンセンスです。ひたすら、事故を収束できると いう宣伝に使われているだけです。 福島第一原子力発電所30〜40年で廃炉にできるかどうか、現時 点では、誰も分かっていません。工程表をウロチョロいじっている だけ?

福島県:全国の避難者 9月12日現在 99,521人(復興庁)

福島民報社のニュースサイト 犠牲のシステム 福島・沖縄 (集英社新書)集英社 (2012/1/17) ・〈目次〉・ 第一部 福島 ・第一章 原発という犠牲のシステム ・第ニ章 犠牲のシステムとしての原発、再論 ・第三章 原発事故と震災の思想論 第ニ部 沖縄 ・第四章 「植民地」としての沖縄 ・第五章 沖縄に照射される福島 ★★★本書のテーマは、犧牲のシステムとしての福島と沖縄である。 なぜ、福島と沖縄のか。それれは、一九四五年の敗戦以後、今日ま での日本を「敗戦日本」と呼ぶなら、これら二つの地名が、戦後日 本の国家体制に組み込まれた二つの犧牲のシステムを表しているか らだ。 沖縄が戦後日本の犧牲でったこと。それは、沖縄戦という史上稀に 見る過酷な戦闘の戦場にされた沖縄に米軍が居座り、サンフランシ スコ講和条約第三条によって、沖縄がその米軍の施政下に置かれ、 一九七二年に日本に復帰して以後も、今なお全国の米軍専用施設の 約七四パーセントが沖縄に集中しているという、このことをさして いる。

≪都会歳時記≫

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☆★☆ ≫詩歌逍遙≪ ☆★☆

                  西脇順三郎
・雨・
南の風に柔らかい女神がやつて来た 青銅をぬらし噴水をぬらし 燕の腹と黄金の毛をぬらした 潮を抱き砂をなめ魚を飲んだ ひそかに寺院風呂場劇場をぬらし この白金の弦琴の亂れ 女神の舌はひそかに 我が舌をぬらした ※Wikipedia:西脇順三郎 ◆◇◆◇『侏儒の言葉西方の人』◆◇◆◇ 《芥川龍之介著 新潮文庫版》 侏儒の言葉・西方の人 (新潮文庫) ・或自警団員の言葉・(中段)  殊に今度の大地震はどの位我我の未来の上へ寂しい暗黒 を投げかけたであろう。東京を焼かれた我我は今日の餓 (うえ)に苦しみ乍(なが)ら、明日の餓にも苦しんでい る。  鳥は幸いにこの苦痛を知らぬ、いや、鳥に限ったことで はない。三世の苦痛を知るものは我我人間のあるばかりで ある。  小泉八雲は人間よりも蝶になりたいと云ったそうである。 蝶――と云えばあの蟻を見給え。  もし幸福と云うことを苦痛の少ないことのみとすれば、 蟻も亦我我よりは幸福であろう。  けれども我我人間は蟻の知らぬ快楽をも心得ている。蟻 は破産や失恋の為に自殺をする患はないかも知れぬ。が、 我我と同じように楽しい希望を持ち得るであろうか?  僕は未だに覚えている。月明りの仄(ほの)めいた洛陽 (らくよう)の廃都に、李太白(りたいはく)の詩の一行 さえ知らぬ無数の蟻の群を憐(あわれ)んだことを! 〈31〉

☆★☆言えそうで言えない英会話表現☆★☆

悪く思わないでくれよな。
No hard feelings.
<NHKラジオ 「英語5分間トレーニング」岩村圭南 - 講師> ※この番組の放送は4月1日で終了しています。 Wikipedia:岩村圭南

◎◆◎アートのたのしみ《英国篇》◎◆◎

エドモンド・ブレア-レイトン“礼拝の後”
(After service) (1921年・個人蔵) エドモンド・ブレア-レイトン (Edmund Blair Leighton〈21/09/1853〜01/09/1922〉) ・イギリス ラファエル前派・ エドモンド・ブレア・レイトンはイギリスの画家。 ヴィクトリア朝特有の甘美な画風が特徴。中世の 騎士物語などの文学作品をモチーフにした作品も 多い。父は肖像画家のチャールズ・ブレア‐レイ トン。ロイヤルアカデミーに学び、1878年から、 40年にわたって毎年アカデミーに出展。高完成 度の高い装飾的な画風はこだわりの職人技といえ る。生涯、アンチ・アカデミーを通す。 ☆Edmund Blair Leighton - painter of the old virtues☆ (MaroCR さんが 2012/07/18 に公開) 【This is my tribute to Edmund Blair Leighton,  victorian artist and one of my most favorite  painters. Enjoy beautiful art with music by  Daniel Landa and Loreena McKennitt】