民主党のマニフェスト至上主義の滑稽さ

『日本の行く末「国民のための政治」という幻想』（５）

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『新潮４５』2010年 01月号 ３３３号記念特大号より

    『新潮４５』通巻３３３号記念特別寄稿
『日本の行く末「国民のための政治」という幻想』（５）
  佐伯啓思（さえき　けいし）京都大学大学院教授




暮れから、新年にかけて、民主党への関
心は、鳩山由紀夫首相と小沢一郎幹事長
との微妙な確執に向けられています。

日本にはトップリーダーが二人いると揶
揄されているように、民主党代表にして
最高権力者の座に就く鳩山由紀夫首相と、
党ナンバー２ながら権勢をふるう小沢一
郎幹事長との双頭体制は、たしかに野次
馬にとっては、おいしいトピックであり
ます。　　　　

しかし、とうざの面白さにうつつを抜か
していては、政治の本質を見失うおそれ
がありましす。

いつも、物事の根源を凝視してやまない
佐伯啓之さんの論考を続けます。



    
民主党支持は国民の30％に過ぎない、を知れ

    ところで、政治家は、いかなる意識をも
って政治をおこなうべきなのか。

いうまでもなく「国民のための政治」で
あり、その具体的な内実はマニフェスト
という「国民との約束」によって示され
ていると、いう。

民主党にとっては、「国民との約束」と
マニフェストは不可分の関係にあって、
それがため、いささか硬直的とも、また、
いささか滑稽とも思われるマニフェスト
至上主義ともいうべき建前に自らを縛り
付けてしまった。

しかし、いくら民主党が「国民との約束」
と述べても、かりに投票率60％で得票率
50％であれば、民主党支持は国民の30％
に過ぎず、ましてやその中でマニフェスト
を読んでいるものの割合などたかが知れて
いるだろう。

しかも、実際にマニフェスト作成にあたっ
ているものは、民主党内部の「政策通」と
される一部の政治家とそのブレーンであろ
う。

とすれば、マニフェスト至上主義は「国民」
を盾にした政治的暴走であり、事実上、国
会審議の制限になってしまう危険性ありと
さえいえよう。





    
官僚行政から政治家そのものの官僚化

    実際、これは二重の意味で危険な政治とい
わねばならない。まず、実際の政策策定は、
一部の民主党内の政治家や支持団体（労組
や日教組）の意思が強く反映されるにもか
かわらず、それが、「国民の意思」とみな
されるために、絶対的な権限が付与されて
ゆく。

マニフェスト至上主義は、その実現のため
に、官僚の抵抗を排し、一部の政治家（大
臣、副大臣、政務官とその周辺）に権力を
集中させることになる。

権限を与えられた政治家は、官僚の肩代わ
りまですることになり、著しく実務的とな
らざえるをえない。言いかえれば、官僚行
政を排したとしても、政治家そのものが官
僚化せざるをえないであろう。

しかも、第二に、マニフェストは、いくら
国民が詳細に読まないとしても、基本的に
選挙対策である。

どうしても「国民」にとって耳触りのよい
文言が並ぶ。「国民のための政治」は、多
種多様な集団に対する利益誘導、あるいは、
利益配分とならざるをえないであろう。

これは、確かに、従来の自民党の利益誘導
とは異なるかもしれないが、いずれにせよ、
新手の利益誘導であり、バラマキとなるほ
かない。





    
世論を背景にした行政権の暴走

    自民党政治が、仮に（しばしば言われるよ
うに）公共事業を使って土建・建設を中心
にした産業界と地域への利益誘導であった
とすれば、民主党のバラマキは、「国民」
へ直接向けられたものである。

いわば、「国民のおねだり」に直接応える
ことで得票を獲得するというのが、民主党
のいう「政治主導」の民主主義ということ
になろう。

だが、これは、民主党の戦略というだけ
の問題ではない。民主政治というものの
質にかかわらることがらだ。

かって、J. S. ミルが述べたように、代
議制とは、第一に、立法権を「国民の意
思」そのものにさらす直接民主制的な方
式を回避するものであり、第二に、立法
権と行政権の分立を促進して権力の集中
を避けるための制度であった。

それだけ、ミルは、「世論」という名に
よる多数の、しかも、しばしば情緒に流
れる多数の専制を恐れたのであり、世論
を背景にした行政権の暴走を回避しよう
としたのである。

権力をできるだけ分散させることが民主
政治を健全にするものだ、というのミル
の考えであった。（続く）
(N155-23)









    
民主党のマニフェスト至上主義の滑稽さ

    




    
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